ココン訪問旅行記

 

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広島西南ロータリークラブ創立30周年記念事業の一つである、ココンキッズロータリーハウスプロジェクトに伴う、2016年03月ココン訪問旅行記です。
(*PDF版はこちら)

 

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2014/3/24 8:00広島駅新幹線口に、先に出発している先小山さんと岩田さんを除いた13人が集合した。木村会長、俵さん、杉川副会長、村尾さん、白築さん、山本春夫さん、田中朋博さん、山下幸彦さん、山下哲夫さん、對馬さん、折本さん、そして私(徳納)である。朝刊では桜開花の記事が第一面にあったが、肌寒い朝である。結団式の思い出にと記念撮影をして、新幹線「さくら」に乗り込む。

博多駅からは、タクシーで福岡国際空港国際線ターミナルへ移動する。TG649で11:40発、離陸後2時間の時差を修正する。2時間得した感はあるが、この時差が老体には疲労となるのである。5時間のフライトで、スワンナプーム空港到着。入国審査を順調に通過して、ゲートの外で、現地ガイドのEGGさんと合流。先乗りしてゴルフを楽しんでいた先小山さん、岩田さんとも空港ロビーで合流。バスに乗り込み、約4時間かけてパタヤに移動した。

ここ3年間で3回目の訪問である。この国の風景は何となく見慣れた感もあり、懐かしさも感じる。

バスの中の話だが、現地添乗員EGGさんは「EGGは玉子だから、玉ちゃんと呼んでくれ」と自己紹介するようなガイドである。誰にも受けなかった。残念だったね(苦笑)。

PATAYAのホテルに入る前に、夕食として海辺のオープンドアのレストランで海鮮料理を食べる。「辛い!!!」。少々の辛さは大丈夫な私だが、それでも辛い。COCOカレーの3辛どころではない。日本人に「どうだ参ったか」と言わんばかりみたいな刺激である。ビールがよく沁みて、気持ちのいい「だるさ」が体中にしみてくる。食卓に吹くパタヤの生暖かい海風が気持ちいい。生演奏はエリッククラプトンを奏でている。タイを感じる。

ホテルは「IMPERIAL PATAYA」、海が見える古いホテルだが、体を癒すにはこれでいい。

2014/3/25 4:30モーニングコール。まだ暗い中、迎車のタイらしい内装キンキラハイエースに乗り込みゴルフ場に向かう。メンバーは俵さん、村尾さん、山本春夫さん、岩田さん、先小山さん、山下哲夫さん、徳納である。朝食はフロントで準備した弁当(サンドイッチ、バナナ、缶ジュース)を車中で食べた。

6:30 PATTANA Golf Club に到着。7:00スタート、朝早いこともあり、灼熱の暑さを感じることもなく楽しいゴルフであった。そんなに広くなく、池が多く、起伏が少ない、長いコースでタフであった。体調を整えてもう一度挑戦したいコースである。

プレー終了後、シャワーを浴びてゴルフ場敷地内の和食レストランで昼食をとる。生ビールがおいしい。タイに来て日本食?とも思うが、やはり和食は日本人には優しい。食後、ギンギラハイエースに乗ってホテルに移動した。

ホテル到着後、少し部屋で休憩をして、3:30からタイ古式マッサージを受ける。村尾さん、山本春夫さん、俵さん、對馬さん、木村さん、そして徳納。2時間コース600BTチップ100BT、薄暗い部屋で俵ツアコンの鼾(いびき)がうるさい。タイのマッサージは気持ちいい。体の疲れがだいぶとれたが、内臓にたまった疲労は残ったままだ。

ラン島観光組の話を少し聞いた。波が高くてボートがかなりぶっ飛びながら高速で走ったそうだ。パラセーリングを希望した木村さん、對馬さん、白築さん、みな60歳超えで、年齢制限で断られたそうである。

6:30ホテルからバスに乗り込む。PATAYA海岸のキラキラ繁華街を見ながら南下して、夕食会場に向かった。今日は昨日ほど辛くないというタイ料理店。やはりオープンドアである。体格のいい古式コスチュームの女性が給仕をしてくれた。体調が悪い。食事会終了後早々にホテルの部屋で床に入る。

2016/03/26 現地時間3:00起床。体調よし。昨日の体調不良が嘘みたいである。食べ過ぎ、飲みすぎが良くなかったみたいである。時差の疲れもあったのだろう。暴飲暴食がイケないのは分かっているのに止められない。気を付けよう。シャワーを浴びて、荷物を片付け、旅行記をwordする。

現地時間5:30 少し明るくなったのを確認して、散歩に出かける。持ち物はニコンD300と少しのバーツ。ホテル前のビーチに沿って南に歩く。思い思いの時間を過ごす多様な人種を見かける。

昨日タイ人添乗員EGGさんが言っていたように、夜が主役の街なのだろう。早朝、長い夜の終わりで店のシャッターは降りていた。鼻につく甘酸っぱい下水の匂いが、ここが東南アジアだと教えてくれる。ビールをもってフラフラする、夜の職業と思われる現地女性を多く見かける。

また、バンコクではよく見かける、ドロップアウトした風の白人と現地女性のカップル。そのような光景を被写体にシャッターを押しながら歩いた。昭和の時代、エコノミックアニマルと言われた日本人の、特に男性の団体ツアーは、この国ではどのようなものだったのだろうか。

今は、日本人の姿はほとんど見かけなくなったが、中国語は時々聞こえてきた。路上やビーチで睡眠をとる人も多くいた。夜眠らない街が睡眠に入る時間かなと思う。

しかし、このような光景がタイ独特のステレオタイプと思ってはいけない。日本でも風俗街はあるし、路上生活者も多くいる。そんな光景を見ながら、それでも安全に歩けるこの国は、ある意味で先進国であり、平和な国なのだろうと思った。

9:00にホテルを出発予定だが8:00に部屋を出てcheckoutした。一人ロビーで、旅行記の続きを書いた。

予定どおり9:00ちょうどに15人を乗せたバスはホテルを出発した。途中少しの渋滞はあったが、徐々に車窓の風景を変えながらバスは東に一路向かった。中央分離帯の木が目立つようになり、家が少なくなり、畑の風景がだんだん自然林の風景になる。俵ツアコンは気持ちよく寝ているので、トイレ休憩の指示を私がEGGさんにする。ガソリンスタンドにコンビニとトイレが付いている。

13:30 TRAT到着。TRAT県の首都である。昼食をとる。やっと室内の明るい場所での食事会であった。

グリーンカレーを白米にかけて食べる。これぞタイである。その他海鮮が中心で美味しかった。ずいぶん田舎まで来たのだが、都市との大きな違いは、日本でも随分昔に見ることのできた、ちょっと恥ずかしそうな、しかし屈託のない微笑みが見られることだ。「微笑みの国」と呼ばれる国だが、複雑な社会になれば微笑みは無くなるのだろう。その微笑みがTRATにはあった。

食事終了後、またバスに乗って「CENTARA CHAAN TALAY RESORT & VILLAS TRAT」に15:30到着。夕食までそれぞれが思い思いの時間を過ごす。部屋で荷物をといて、海辺のプールに入る。生温かい水が気持ちいい。潮騒が心地いい海風とともに南の国を感じさせる。飲み過ぎはいけないときめていたのに、また飲み過ぎた。

いったん部屋に戻り休憩をして7:00から食事会。レストランは潮騒が聞こえる、屋根のあるオープンドアで、海鮮BBQ中心のメニューであった。天井の大きな扇風機の羽がゆっくり回る。蟹(おそらくワタリガニ)がおいしかった。一行に笑顔がある。良かった。タイ人もなかなか来ないような僻地のリゾートである。一同が楽しんでくれていたら嬉しい。

2016/03/27 3:30起床、今朝も体調は良好。まずはチョロチョロと水が流れ落ちるシャワーで昨日の汗を流した。体がさっぱりとして、昨日の出来事を旅行記にまとめる。

まだ薄暗い窓から南国の鳥の鳴き声が聞こえる。どんな形の鳥だろうと想像することが楽しい。

荷物は6:20までにドアの外に出して、6:30から荷物を持って食事会場に行くことになっている。朝の6時過ぎにビーチで、丸い大きなベッド風の椅子に寝そべる。瀬戸内で育った私には、見慣れない水平線や、静かだが存在感を主張する繰り返す波の音が心地よく感性を擽(くすぐ)る。

「春の海に潮騒聞きにと来し我ぞ、水辺懐かしみ、一人寝にけり」

朝食はバイキングであった。思いっきりのおもてなしを感じる食事である。フレッシュジュース、野菜スープ、卵料理、タイ風メニュー etc. 微笑みとともに提供される食事に癒される。

7:00過ぎにホテルを出発。両側の高い自然発生的樹木が遠方まで来たことを感じさせる。ホテルを出発して、約45分でカンボジアとの国境に到着。カンボジア人らしき色黒の人達が物売りをしている。

暑くて汗ばんでくる。順調にタイを出国して、現地スタッフと合流する。歩いて緩衝地帯を通過してカンボジア入国審査のImmigration Officeに向かう。

カンボジア入国の審査では、指紋の電子認証機に指を乗せる。VISA(査証)が必要な国なので少し時間がかかったが、無事に全員通過した。

炎天下、入国の記念撮影をして、現地スタッフが準備してくれた、ミカサの従業員通勤用の、トラックを改造したというバスに乗り込み、ココンの街へ移動した。道路事情は非常に悪い。コンクリート舗装はしてあるが凸凹で、ショックの硬いトラックバスはスピードが出せない。それでも激しくボンボン揺れる。座席のシートが薄いのでお尻に響く。まあこの体験も、カンボジアの実情を理解してもらう観光としてご容赦頂こう。

ココンのダウンタウンを通り抜け、市民市場へ到着する。市民の生活が見て取れる場所である。

生活に必要なものはなんでも売っている。肉、野菜、服、米、貴金属、美容院、等々となんでも揃っている。屋根はあるが、裸電球の照明だけで薄暗く、もちろん冷房は無い。日本の昭和30年代もしくはそれ以前の光景のようだ。しかし、贅沢はできないだろうが、お腹一杯ご飯を食べられて、おしゃれが出来るようになったのだ。ポルポト恐怖政権時代、殺戮と飢えを経験した国民である。この市場の平和な光景は、大きな前進なのだろう。

今、私たちがすべき支援は何なのだろうと改めて考えた。カンボジア国民がより幸せな生活ができるように、彼らが自国民の手によって国を発展させる。私たちがすべきはそのお手伝いなのだろう。現在いろんな国が人と技術を導入してカンボジア支援をしている。中には、お金と人を持ち込んでダムや道路等のインフラ整備を行っているだけの大国もある。しかしそれは投資国の利益のみを考えたものである。いまこの国に足りないものは、カンボジアを建設するために必要な教育を受けた、優秀な人材である。本当に微力だが、ココンの子供達がカンボジアの発展に寄与できる人材になれるように支援するのが今回のプロジェクトの目的だと、市場の光景をみて再確認をした。

再びバスに乗り込みトマイ寺(Wat Thmei)に移動する。台北新東RCメンバーがすでに到着していた。気温はますます上昇してきた。まずは、蔡さんをはじめ懐かしい台北新東RCの友人と再会を喜んだ。

式典会場は屋外にテントを張って立派にできていた。式典用の垂れ幕や飾りつけも丁寧に準備されていた。これだけの準備するのは随分と大変だったろうなと想像した。テント奥にひな壇が作ってあり、住職コン・チャントール僧(Khong Chantol)を真ん中に、向かって左側に広島西南RCの木村会長、山下30周年実行委員長、杉川副会長が、そして、右側に台北新東RCの王会長と役員が座った。テント下、会場右側に日台のロータリーメンバーが椅子に座り、左側に子供たちとお坊さん、地域の人たちがゴザに座った。私の大失態だが、広島西南RCのロータリー旗を忘れてきた。しかし台北新東RCの大きなロータリーマークが付いた旗で見た目には格好がついた。ほっと安堵。

さて、式典は長い線香に木村会長、王会長そして住職が点火し、住職の読経で始まった。そして、王会長が英語で挨拶をし、これをトール君がカンボジア語に通訳した。続いて木村会長が日本語で挨拶をし、ポアン女史がカンボジア語に通訳した。最後にコン・チャントール住職のお礼の言葉が続いた。

 

 

【新東ロータリークラブ 王会長のお祝いの言葉】

President of Rotary Club of Hiroshima Southwest , Koh Kong Province Wat Thmei Temple Abbot, Ladies and Gentlemen,

My name is Hitech, the 30th president of Rotary Club of Taipei New East; I am overwhelmingly honored to witness the completion of Koh Kong kids’ Rotary House in the inauguration ceremony today.

“Service” is the general practice that every Rotarian’s believes.  Ever since the alliance of Taipei Neweast and Hiroshima Southwest, we have provided WCS (world community services) around the world every five years, extending our tentacles to Koh Kong Province Cambodia, implementing Koh Kong kids’ Rotary House Project to build this house. Many thanks to the continuing efforts Wat Thmei Temple has been contributing to orphan cares, thanks to all the heroes putting this project together to make this happen; we will never carry it through without you.

With the completion of Rotary House, more homeless kids will be taken care of with better services; we believe FKK (Fund for Koh Kong Kids) will make the best use of Rotary House in every way, painting the sky with color and hope for Koh Kong Kids. And I wish all of you every happiness and good health. Thank you!

【広島西南ロータリークラブ 木村会長のお祝いの言葉】

「日本の広島から、広島西南ロータリークラブのメンバー総勢15名で、ワット・マイ子供の家引き渡し式に参加すべくやってまいりました。ワット・マイ子供の家が完成しましたこと、誠に喜ばしい限りです。本当におめでとうございます。

先のポルポト政権時代の負の遺産に苦しんでおられる皆様へ、未来に向けて確かな足取りで自立していただくため、広島西南ロータリークラブ創立30周年記念事業として、子供の家建設にお手伝いさせていただきました。

今後、この子供の家で育っていく皆さんが、カンボジアの発展に寄与されることを、強く期待し、祈念しております。

多くの子供さん達にとても重要な、教育の機会を掴(つか)んでもらうことが、この子供の家の完成により、より現実的に達成されると思います。

しかしながら、今はハード面の家が完成したばかりです。これから、豊かな内容のソフト、運用を皆さんご自身の手でしっかりと作って、実行していくことが、最重要なことであると思います。

多くの子供たちが未来に希望を持てる社会、皆があらゆる側面で充実した逞しく明るい社会を、周りの人と助け合って作って行くことが、ここにいる我々の目標ではないかと思います。逞しく明るい社会と言葉では簡単に言えますが、現実には、数多くの課題や難題が、きっと多くの局面で、目の前に突きつけられることでしょう。逞しく、明るい希望を持てる社会を現実にするために、皆が連帯し、助け合い、頑張って実現させてまいりましょう。

広島西南ロータリークラブのメンバー一同、皆さんの活動を今後とも、遠い地ではありますが、応援したく存じております。皆様への応援の気持ちを込めて、ワット・マイ子供の家の、完成お祝いの言葉とさせていただきます。

広島西南ロータリークラブ2015~2016年度会長 木村恭之」

 

【コン・チャントール住職のお礼の言葉】

「はるばる日本と台湾からいらっしゃった皆様にお会いできて本当にうれしく思います。

ロータリークラブの会員として、皆様が世界のさまざまな国々でさまざまな援助活動を行っておられることに深い敬意を表します。

このたび、皆様が温かいご支援をこの寺院の子供たちに与えて下さり、恵まれないこの子供たちの住む家をプレゼントいただき、心より感謝いたします。

今後もしさらにお願いできるならば、この子供たちに対する援助を継続いただき、将来カンボジアの発展に尽くすことが出来るようになるまで、その成長を見守っていただきたいと思います。

本当に有り難うございました。

重ねてお礼申し上げるとともに、皆様のご健康とご成功をお祈りいたします。」

 

続いて、ワット・マイ子供の家の引き渡しの署名が行われ、ここで所有権が現地側に移転した。

最後に、木村会長からは日本から持参したロゴ入りT-シャツが、そして王会長からは台湾から持ってこられた文房具が、それぞれ子供達にプレゼントされた。

その後住職の読経があり、子供達も一緒に読経し、台北新東RCメンバーも加わり大合唱となった。

住職が読経しながら長い箸の束のようなもので、金色の金属器に入った水を皆に撒いた。この水を頭に浴びると何か御利益(ごりやく)がありそうであった。

読経後の厳かな雰囲気のなか、一同で子供の家の正面に移動し、テープカットの儀式を行った。木村会長、王会長、住職の順で鋏を入れて、引渡しに関する一連の式典は終了した。

曽里会員が製作した建設記念の銘板を、岩田会員が電動ドリルで取り付けた。ロータリークラブの会員達は子供達と思い思いに建物内部を見学して、記念撮影をする。

子供達の笑顔が可愛くて、良い写真がたくさん撮れた。住職に、今年9月9日の広島西南RC30周年記念式典への出席の為に来広をお願いした。

さて、台北新東RCは昨日ココンのカジノホテルに泊まったそうだが、日が暮れたプノンペンからの道中で、2時間もバスの故障で立ち往生したそうである。昨年通ったあの山道を想像すると、ゾッと背筋が寒くなった。

王会長が、広島西南RCが予定しているワット・マイ子供の家継続支援プログラムへの、台北新東RCによる援助を申し出てくれた。ココンキッズの支援においては、本当に大切なのはこれからだ。ここまでの支援はお金を出せばできるが、これから行う継続支援はエネルギーを必要とする。

11:00ワット・マイ子供の家を後にして、川辺の水上レストランで台北新東RCと広島西南RCのメンバーで昼食会を行った。暑さと緊張で脱水症状が出てきたが、もう少しだからと頑張る。まずは、私が進行役として挨拶。「皆さま有難うございました、計画から完成まで約3年かかりました、皆様のお陰で今日を迎えることが出来ました。暗い歴史を持つこの国の子供達が将来の夢を描けるようにと頑張ってきました。本当にありがとうございました。」引き続き木村会長の挨拶があり、王会長の挨拶と乾杯があった。今年9月の広島での再会と来年の台北新東RC30周年での再会を約束して、蔡さんの通訳で和やかな雰囲気の内に、13:00に終宴した。

 

総事業費    5,500,000円(広島西南RC4,500,000円 台北新東RC1,000,000円)

内訳 建築費  4,000,000円

継続支援 1,500,000円 (年500,000×3年)

 

 

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